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zoom RSS 世界へ向けない内なる平和主義は「引き篭もり増進」の詭弁か・・・。

<<   作成日時 : 2014/10/13 15:03   >>

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運動ロンダリングみたいな、少数意見をさも大多数の者が賛同して、大きな
うねりという「流行みたい」に言い放つ方式も、化けの皮が剥がれて来て、
それの典型みたいな運動が、なぜにノーベル賞なのかと、ズレた意識は
救いようがないと思うのは「私だけ?かな・・・。

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この受賞者のように、それなりの行動力と政治的思惑の元ではノーベル平和賞
も頷けるものだが、以下の「憲法」ウンタラの運動には、平和な日本で誰にも危害を
受けず喚ける「平和があるから」出来る偏狭な平和運動という、世界を見渡せば、
なんとも乖離した運動としか思えないのは、「日本国内から出ることなく、そして
何より賛同して貰うのに、英語、中国語、朝鮮語って、これは特定な人々のわめき
チラシ・・・、英語は言いとして、あとの二つについては領土問題の意識からすれば
日本の武力は「厄介者」としか考えていない。それに賛同するは「嘘」ってのが、つ
いて廻る・・・、あとで騙されたは、無しだから・・・。

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「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委員会(事務局・相模原市)が推薦した、
「憲法九条を保持している日本国民」は十日、受賞を逃した。ただ、安倍政権が集
団的自衛権行使を容認する閣議決定をした七月以降、取り組みに賛同する署名
の数は急増。十日現在で四十四万筆を超えた。実行委は「日本国憲法の理念を
世界中で共有するため、心新たに運動を続けていく」とあらためて誓った。
十日の会見で、共同代表の石垣義昭さん(73)=相模原市=は「九条の存在を知
らしめることができた」と、活動の意義に言及。
安倍政権の動きについて「九条の不戦の誓いが徐々に崩されている。改憲から国
民が憲法を守りきったとき、平和賞に値すると認められる」と述べ、道半ばであるこ
とを強調した。
活動を発案した主婦鷹巣直美さん(37)=座間市=はマイクを両手で握り締めなが
ら「一歩でも二歩でも戦争がなくなるよう、世界中の人がそれぞれの立場で考え、
平和を願う大きな力にしてもらいたい」とひと言ひと言に力を込めた。
四十四万筆以上の署名の実に七割以上は、七月の閣議決定以降のもの。
共同代表の落合正行さん(81)=座間市=は「国民の危機感の表れと感じた」と
受け止めていた。署名に添えられた文章には、震える文字で「過去の戦争を思い
出し、最近は不安な気持ちだ。
九条を世界の人に理解してもらいたい」と書かれたものがあった。
平和賞の候補になったことで集団的自衛権行使に正面から反対を訴える「声」の
存在が世界に広まった。山口大副学長の纐纈(こうけつ)厚教授(政治学)は「安倍
晋三首相の『積極的平和主義』とは異なる本物の平和主義が日本にあることや、
平和憲法の存在を国際社会に知らしめることができた。集団的自衛権の行使容認や、
日米軍事共同体制の強化を進め、軍事的緊張を高めつつある政権への大きなけん
制になるだろう」と述べた。

(東京新聞)
http://www.tokyo-np.co.jp/article/kanagawa/20141011/CK2014101102000115.html

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■「9条」の理念熱視線 主婦の発案うねりに

米国、韓国、香港…鳴り響く海外メディアからの電話が、注目度の高さを示していた。
十日夕(日本時間)に発表されるノーベル平和賞の候補 「憲法九条を保持している
日本国民」を推薦した市民団体の定例会。手弁当で集まり、署名活動に取り組んで
きた実行委員会のメンバーは「ここまで広がりを見せるとは」と驚きを口にした。
(寺岡秀樹)
相模原市に事務局を置く「憲法9条にノーベル平和賞を」実行委。 元会社員や元教
員、幼稚園理事長ら十四人がメンバーだ。 事務所はなく、それぞれの自宅で分担し
た作業をしながら、問い合わせには携帯電話で応じる。 九日夜も、電話は鳴りっぱ
なしだった。
毎年受賞を予想しているオスロ国際平和研究所が今月三日、候補となっている二百
七十八個人・団体の筆頭に挙げたことで一躍、注目が集まった。以来、発表当日の
会見予定など報道機関からの問い合わせが続いている。
ノーベル平和賞のオスロでの発表に合わせ、十日午後六時に設定した記者会見場
は当初、収容人数が約百人の部屋だったが、反響の大きさから急きょ、倍の二百人
規模の部屋に変えた。 受賞用のコメントも用意することにした。

東京新聞 2014年10月10日 夕刊
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2014101002000238.html
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元会社員や元教員、幼稚園理事長ら十四人がメンバーだ。
反響の大きさから急きょ、倍の二百人規模の部屋に変えた。 受賞用のコメントも
用意することにした

この期待値は、どこの平和に対してなのだろう。
「平和、平和」と唱えているだけで、自分の極狭い社会は、それなりにだが、
村社会の範疇を出ない思考法は、以下のような画像一つで嘲笑される。
あるいは哀憫な気持ちで見られる。

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メディアの「普通の主婦」とかの詭弁も、いささか使い古されたもので、今では
ネットでその人の活動の場が晒されてしまうと、単に何かに染まった「花畑脳」
と誰もが認識出来て、メディアの印象操作に乗らなくなってきた。
バカ発見器は有能で、以下のような呟きが運動の思考法なのだろう。

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通常の精神なら、以下のような行動様式こそ「平和主義」の大本だろうし、そもそも
論として「世界を駆け巡る」内政干渉など気にしないで、押し付ける気概を見せつけ、
平和主義を広めるのが趣旨として最適だろう。

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019 2014/10/11(土) 10:36:27 ID:vos8RHKb.Q
本当に憲法9条が平和に必要なら、
ノーベル賞なんかの名誉を目指してないで
世界中の国々の憲法にその精神を採用するよう
働きかけることが先なんじゃないか?

その方が平和のためだし、
それが実現すればまさしくその活動はノーベル賞だろ。
まずは隣の2国から説得して来いよ。
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「捏造」を繰り返すメディアの目線は、日本で日本企業の広告で禄を得るという
基本常識は皆無で、一部の偏狭思考に賛同して、日本人の人権蹂躙に加担
して嬉々としている。

画像


だけに「うじテレビ」に対するデモも、後の「ヘイトスピーチ」なる言葉の根源が
こんなところに転がっている。

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そしてこれらの「捏造」の根底あるのは、こういった言論機関が好んで使う
「差別主義者糾弾のための語句」ファシズムだが、この手法の最初の出だしは

「すべてのファシズムはウソから始まる」

と、「捏造」を広めていけば、人々がそれに流されて、いつしか狂ってしまい
何がなんだか分からぬまま・・・。

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この大虐殺の「アジア的優しさ」とは一体全体・・・。
これが日本のメディアでありながら、無国籍・・・、いや共産主義賛美一辺倒の
ファシズム的やさしさは、思想が生きる糧であるとでも言っているようで、罪悪感
の微塵も感じられところが、そら恐ろしいものである。
この「捏造製造メディア」が、今は慰安婦で糾弾されているが、そればかりでなく
「文化大革命」なる大虐殺も礼賛して、これもと過去を辿れば、自国民大虐殺に
賛同するのだから、さてさて日本での「革命的出来事」が起これば、狂喜して
それを褒め称えるかもな「狂気」を孕んでいる・・・。

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「アジア的優しさ」メディアにとって、この映画は鑑賞に堪えられないレベルか・・・。
泥人形と当時のフィルムをつなぎ合わせて、見せる手法はそれりに「残虐な自国
の同族」が思想によっては、「殺しも厭わないでなく、思想的にあわなければ、殺して
構わない」を静かにだが、強烈に批判しているのだが・・・。

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“悪”は人々の美しい思い出まで支配できるのだろうか?
数百万人の死者が眠る大地から作られた人形たちと、狂気により葬られたフィルムが、
いま、光と闇の記憶を語り始める――
映画監督リティ・パニュは、幼少期にポル・ポト率いるクメール・ルージュによる粛清で
最愛の父母や友人たちを失った。クメール・ルージュ支配下に数百万人の市民が虐
殺され、カンボジア文化華やかし時代の写真や映像はすべて破棄された。その失わ
れた映画や写真は果たして甦るのだろうか? 奇跡的に収容所を脱出し映画監督に
なったリティ・パニュは「記憶は再生されるのか」というテーマを追求し、あの体験をい
まに伝えることを自らに課してきた。そして本作でひとつの答えに辿りつく−−−−。
犠牲者の葬られた土から作られた人形たちが、35年前の虐殺の成り行きを語り始め、
発掘された映像によってその悲劇が紐解かれていくのだった。
世界がディスコや『スターウォーズ』に夢中になっていた時代、
カンボジアで何が起きていたのか――
15歳でクメール・ルージュの大虐殺から生き延びた少年が到達した、
かつて誰も見たことがない光景
昨年のカンヌ国際映画祭〈ある視点部門〉で上映、名匠リティ・パニュが初めて自らの
過酷な人生を、土人形に託して描いた作品として絶賛されグランプリを受賞した。
繰り返される人間の愚かさと醜さを、それとは正反対の繊細さと表情豊かな人形で表
現し、本年度のアカデミー賞外国映画賞にカンボジア映画として初めてノミネートされ、
公開が熱望されていた『消えた画 クメール・ルージュの真実』。 フィクションとドキュメ
ンタリーというジャンルを超えて、これまで数多くの作品でカンボジアの悲劇を描いて
きた、リティ・パニュ。カンボジアの幸せな家庭に育ちながら、クメール・ルージュの支
配により、たったひとり15歳でカンボジアを脱出するという、誰も経験したことのない
人生を本作で初めて描いた。
「すべてのファシズムはウソから始まる」
なぜ、歴史は繰り返されるのか?
1975〜1979年 カンボジア クメール・ルージュによる虐殺の記憶――
色鮮やかなカンボジアの文化が、クメール・ルージュによる“黒”と紅い旗とスカーフ
だけの世界に突然、一変する。人形と交互に現れるプロパガンダ映像に登場する
ポル・ポトはいつも笑顔だ。ベトナム戦争を背景とした冷戦下の大国の対立に端を
発した、クメール・ルージュによる悲劇。なぜ、陰惨な歴史は繰り返されるのだろうか。
リティ・パニュとフランス人作家、クリストフ・バタイユによって書かれたことばが、
犯罪と歴史の記憶を暴いていく。
クメール・ルージュとは?
クメール・ルージュとその時代 新谷春乃(東京大学大学院)
クメール・ルージュは1975年4月17日から1979年1月7日までカンボジア(当時の国名
は民主カンプチア)を統治した勢力の通称であり、ノロドム・シハヌーク元国王が武闘
派左翼勢力に対して名づけた呼称が定着したものである。そのトップは1963年以来
「ブラザー・ナンバー・ワン」であるポル・ポト(本名サロト・サル)であった。ポル・ポト
は富農の家に生まれ、1950年前後に3年間フランスへ留学する。この時期に、イエン
・サリ、らクメール・ルージュの最高幹部と出会い、共産主義に傾倒していく。カンボ
ジアに帰国後、教員をしながらクメール人民革命党の地下活動に参加する。
1963年には党書記となり、66年には党名を「カンプチア共産党」へ変更した。
その前年、中国へ訪問したポル・ポト一派は毛沢東思想に触発され、自らの統治思
想に適用した。カンボジア国内ではシハヌークによる共産主義者への弾圧が激化し、
ポル・ポトらはカンボジア東北部の少数民族居住地域に潜伏することを強いられた。
冷戦が過熱する中で、中立主義をかかげるシハヌークの統治体制にかげりが見られ、
ロン・ノルら体制内の右派勢力が台頭してくる。
1970年3月18日、シハヌークの外遊中を狙い、米国を後ろ盾としたロン・ノルがクーデ
タを起こした。ロン・ノルの統治下、カンボジアは汚職による政治腐敗、内戦による国
土の疲弊に苦しんだ。農村部ではベトナム戦争の余波による米軍の空爆によって村
々は破壊され、反米反政府の立場からクメール・ルージュに参加する人々が増えた。
特に若者の参加が急増した。都市は農村部からの避難民であふれかえった。
クメール・ルージュは解放区を徐々に拡大し、ロン・ノル政府の支配域は都市部に限
定された。1975年4月17日、首都プノンペンが陥落し、クメール・ルージュが政権を握る。
クメール・ルージュが統治した民主カンプチア体制は、当時のカンボジアの人口約700
万人の内、約150万人が犠牲になったとして、その被害規模の大きさから国際社会の
耳目を集めてきた。ポル・ポトを筆頭とするカンプチア共産党中央委員会は、毛沢東
主義に基づいた政策を実施し、カンボジア経済を停滞させた。知識人は排斥され、私
的所有権はなく、様々な伝統文化が禁じられた。クメール・ルージュが都市部に入城
すると、都市部にいた人々は、すぐに農村部へ強制移動させられた。この時に都市部
から移住させられた人々は「新人民」と呼ばれ、多くが過酷な労働条件の地域に送ら
れた。
一方4月17日時点でクメール・ルージュの支配地域に住んでいた人々は「旧人民」と呼
ばれ、新人民と比べて被害は小さかったと言われるが、被害の規模は管区ごとに異
なっているために一概には言えない。農村部では、性別と年齢に応じて集団化が進
められた。これらは共産党を母体とし、国家諸機関を包括する組織「オンカー(クメー
ル語で組織という意)」によって担われた。「オンカー」は子どもスパイを配置するなど、
人々の生活を監視した。各地に政治犯収容所が行政単位に応じて作られ、「内部の
敵」に対する粛清を行った。
「内部の敵」には旧体制関係者だけでなく、知識人や「オンカー」を裏切ったとみなされ
た一般人も含まれていた。「S21」と呼ばれる首都プノンペンにある最高位の政治犯収
容所では、ポル・ポトの側近はもとより、クメール・ルージュに長年参加してきた古参革
命家も、「裏切り者」として殺害された。対外的には、親中・反越政策をとり、中国から
多額の軍事支援や経済支援を獲得した。ベトナムに対しては、政権獲得の直後から
度々国境衝突を繰り返した。全国で内部粛清が横行し、各地でクメール・ルージュか
ら離反する幹部が増えた。1979年1月7日、ポル・ポトらによる粛清から逃れるためベ
トナムに渡ったベトナム国境付近の東部管区出身者を中心とするカンプチア救国団
結戦線とベトナム軍の進攻により、民主カンプチア体制は崩壊した。
体制崩壊後、国外退避を求める人々はタイ国境沿いの難民キャンプへ向かった。
これらの人びとも含めたインドシナ難民の受け入れは世界中で行われた。日本も定
住枠を徐々に拡大し、インドシナ難民の受け入れを2005年末まで継続した。


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まぁ、この映画、ナレーションだけだから、ちょっとばかり鑑賞は辛いものが・・・。

で、蛇足だが、これを取上げた良く見に行くブログで、少し疑問なのが「オーティス・
レディング」ってなことを綴っていたが・・・。



挿入歌はこの人の「イン・ザ・ミッドナイト・アワー」
作ったのがこの人とスティーブ・クロッパーだから、まぁ、オーティスつながりとしては
いいかもだけど・・・。


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