利用出来るものは、また金の臭いに敏感な人々は・・・。

流石に機を見て敏なる「策士」達は、「追い込み」をかけるような事柄を持ち出して
何とか「風向き」の変更を模索する・・・。
と、まあ、そんなことを思わせる記事を読むにつけ、「書く方も大変だ」と気の毒に
思えてくる・・・。もっとも書いている本人は「嬉々」として、書いているかも・・・。


画像



画像の御本の問いかけを、問い掛けたくなる記事に見る「変態」と揶揄される
報道機関は、なんら罪のないものまで「問い詰める」という、本来あるまじき
姿勢を何の「羞恥心」もなく、ご披露してしまう・・・。

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<旧麻生鉱業>「使役」元捕虜ら来日へ 首相の直接謝罪求め
6月11日15時0分配信 毎日新聞

 第二次大戦中に麻生太郎首相の父が経営していた旧麻生鉱業の吉隈
(よしくま)炭鉱(福岡県桂川=けいせん=町)で使役させられた元連合国
軍捕虜のオーストラリア人と英国人遺族が14日来日する。使役の事実を
麻生首相が衆院本会議で1月に認めた後、その当事者が来日するのは初めて。
関係者を通じ麻生首相に面会と謝罪を求めている。
来日するのは元捕虜で豪シドニー在住のジョー・クームスさん(88)とその息子
2人、英国人元捕虜(故人)の息子の計4人。クームスさんは元豪陸軍伍長で
1942年2月、シンガポールで旧日本軍に降伏。神戸の造船所での使役の後、
45年3月に吉隈炭鉱の収容所へ移された。昼夜2交代の12時間労働を強い
られたが賃金は未払いで、警備兵に暴行されたという。
クームスさんは、強制労働への謝罪や不公正に対する補償金などを求める手紙
を2月に麻生首相に送ったが、返事はないという。終戦で帰国後、初来日となる
クームスさんは「日本の首相から直接謝罪を聞きたい。私たちの苦難を認めても
らうことが、仲間も含め私たちの慰めになる」と訴えている。
4人は日本で捕虜問題を研究する有志がカンパを募り、招いた。約1週間滞在し
炭鉱跡や当時の使役企業などを訪れるほか、東京や福岡などで市民と交流する。
有志の一人で事務局を務める有光健さん(58)は「麻生首相が在任中に謝罪する
ことで本人と日本にとっての名誉回復となる」と訴えている。
厚生労働省が関係資料を公開し使役が裏付けられるまで、日本政府は事実を否
定した。同炭鉱は連合国軍捕虜300人や多くの朝鮮人を使役していたことが判明。
そのうち豪州人は197人で、4人の生存が確認されている。【花岡洋二】

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090611-00000058-mai-soci
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ご立派な報道機関は、過去の反省は末代まで引継ぎ、決して「許されることはない」
と言下に書き連ねているが、では「あの変態記事で日本女性を賤しめた罪」も同じよ
うに倒産してもなお、各記者が負う贖罪なのだろうか・・・。
にしても、この粘着する気質は、やっぱり「怪談話」とかの笑いなら受け入れるが、
ここまでするんだなぁと、「哀れになってくる」・・・。
にしても「成りすまし」の多さに辟易するばかりである。
ある時は本名で、ある時は通名で、しかして実態は「ありません」でした・・・。
てなオチなら「多羅尾伴内」なんだが・・・、まぁ、良くやるよ。
で、いつも不思議に思っていたことがあったのだが、それが氷解した記事を見つけて・・・。

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朝鮮研究の第一人者である筑波大学教授の古田博司氏が毎日新聞から
発行される『アジア時報』五月号に掲載されたアジア研究委員会での研究
報告の内容をめぐって、韓国大使館から激しい抗議を受けているという。
すでに韓国情報部の人間も接触してきたといい、身辺の危険も感じているらしい。
古田氏と親しい人から聞いた話だ。
古田氏は日韓歴史共同委員会の教科書班の日本側の班長でもあり、問題の報告
は韓国の歴史教科書60冊の内容を客観的に分析したもので、どこが問題なのか
私には理解できない。 教科書記述の分析についてのクレームは表向きで、おそら
く韓国側の神経に障ったのは古田氏の李朝に関する発言にあるのではないか。
一般にはあまり目に触れる雑誌ではないので、ここで古田氏の発言を再掲しておこう。
 <中世については、この間、朝鮮中世経済史の某氏と話した時に、私が「ちょっと
言いにくいんだけど、昔、日本では停滞史観だといって批判されたけど、どうも僕は、
長い間やっていた感触として、李朝はインカ帝国に似ていないか」と聞いたんですよ。
そうしたら、彼が「僕もそう思う」と言うんですね。
つまり、李朝というのは並みの中世ではないのです。例えば車がない。輪っかがない
んです。なぜかというと、曲げ物をつくる技術がない。木を曲げることができないから樽
もないわけですよ>
非常に興味深い発言である。李朝は木を曲げる技術がないほど停滞した時代だったと
いう。李朝=インカ帝国説。さらに続けよう。
<甕は重いでしょう。樽だと楽なんですが、それがないんですよ。だから升に入れて、車
がないから、チゲといって全部背中に担ぐ。王朝の宮廷に地方でとれた蜂蜜を届けるん
ですけれども、そういう時は四角の升です。それを組み合わせて木釘で打ったものに蜂
蜜を入れて、背中に担いで山越え谷越えするものですから、着いた時は半分ぐらいない
という状況になる。/もっとすごいのは、李朝には商店がないんですよ。御用商人の商店
が一カ所に集まっている。でも戸が閉まっている。要するに、宮中の御用をするだけなん
ですね。一般の民衆はどうかというと、みんな市場で買い物をします。北朝鮮と同じなん
です。開いている商店というと、筆屋とか真鍮の食器屋ぐらいですね。両班(ヤンバン)の
うちで使うから筆屋と食器屋はある。/帽子などは地面に広げて売っています。商店とい
うものが全然ないんですね。これは儒教のせいではありません。初めからずっとないのです。
北朝鮮も同じで商店がない。
闇市しかないわけです。
刺激的な内容である。では朝鮮の誇る青磁・白磁はどうか。
<李朝には顔料がないです。だから、赤絵の壷がないでしょう。薄ぼけた赤いのがあるこ
とはありますが、ほぼ全部真っ白。赤絵の壷がないというのが大きな特徴です。柳宗悦が
「朝鮮の白は悲哀の色」といったのですが、それは本当は貧しさの悲哀のことです。
(中略)顔料がないのです。コバルトをすこし発色できるだけでしょうか。だから衣も民衆は
全部白です。(中略)上流はみんな色付きです。中国から取り寄せて上流階級では色の付
いたものを着ている。また地方の農村でヤンバンが御用の染料屋に衣を染めさせるという
記録はあります。でも下層は麻や木綿地の白ですよ。それを川辺で棒でたたいて洗濯をす
るものだから、ますます白くなる>
1805年に鄭東愈という儒者の書いた本によると、朝鮮にないものが三つあって、それは羊
と車と針だという。針は衣類に穴が開くくらいの粗雑なものでしかなく、中国から買ってきて
いたという。
これが李朝の技術水準だというのだ。にもかかわらず、韓国の教科書では「発達した中世」
と書いてあるという。要するにこの時代にすでに資本主義の萌芽があったのに、「日帝」が
潰したと言いたいのだ。しかし、実態は停滞した李朝の水準から一躍近代社会をもたらした
のは他ならぬ日本統治である。
が、それを認めたくない。そこで一方で李朝時代を文明度の高い時代として位置づけ、他方、
日本統治時代を過酷なものとして描くのだ。何れも作り話だが、韓国の歴史問題は我々の
想像以上に彼らの自尊心に関わっているのだ。古田氏には圧力に負けず、歴史の真実を伝
えて欲しい。
(以上)
高崎経済大学教授 八木秀次

ソース:正論7月号pp44-45<李朝=インカ帝国説>ネット上になし。
手入力:http://takeshima.2ch.net/test/read.cgi/news4plus/1242996286/942-944
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下の写真もそうだが、古い朝鮮の写真の服装の色が「白」だけが不思議だったのだが、
この御説に寄れば、顔料がないとなれば納得する話だ。

画像


過去から現代へと続く歴史、「捏造した歴史」を習わされる人々も、えらい迷惑な話で、
「うちらの常識、世界の非常識」って、卑下してしまいそう・・・。
と、常識的に考えては、年寄りを引っ張ってこないか・・・る


朝鮮紀行―英国婦人の見た李朝末期 (講談社学術文庫)
講談社
イザベラ・L. バード

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