ズレ過ぎた広告代理店の「アニメ感覚」

ズレているという感覚を自覚できるか否かは、普段言いつのる言葉でなく、
その行動様式にありってな、傍から見れば「ズレてやがる」を実感できる
のは、以下のような「制服」という統一された規律や制約に対して異を唱える
人々の言動ではないかとなると・・・。


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「制服向上委員会」なるグループが、やたらとおかしな言論機関が持ち上げ、そして
体制批判の左翼とやらが絶賛するのだが、「制服」というそれだけで、少し主張がズレてないかい
と、普通であれば眉をひそめそうなのに・・・。


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アイドルが政権批判して何が悪い? 「制服向上委員会」にまで圧力かける自民党
の異常性 - 日刊サイゾー

そもそも、制服向上委員会というアイドルグループは1992年に結成された。
活動が一躍注目を浴び始めたのは、2011年。「ダッ!ダッ!脱・原発の歌」なる楽
曲を発表したことがきっかけだ。モータウン風のポップでキャッチ―なメロディーに、
「忘れないから原発推進派/安全だったらあなたが住めばいい/みんなに迷惑
かけちゃって/未熟な大人ではずかしいよネ」という強烈な歌詞が乗るこの楽曲
は、それ以降、原発反対を訴える集会のアンセムのひとつとなった。もちろん、た
だそのような曲のCDを発売しただけでなく、制服向上委員会も原発再稼働反対
のデモに参加している。
しかも、「さようなら世界夫人よ」「赤軍兵士の歌」「コミック雑誌なんか要らない」な
ど政治的な楽曲が問題となり、アルバムが発売中止となる大騒動を巻き起こした
70年代のロックバンド・頭脳警察のPANTAは、同じ所属事務所の先輩として彼女
たちに楽曲提供や歌唱指導を行っている。こういったスタッフが脇を固めているこ
とを見ても、お遊びや話題づくりでプロテストソングをつくっているわけではないと
いうことの証左である。
ただ、そのために"彼女たちは大人に利用されている""大人に洗脳されている"と
いう声があがる理由にもなっている。もちろん、そうした側面もあるのかもしれない。
だが、それはおかしいというのなら、秋元康総合プロデュースのAKB48はどうなる
のか。ASEAN特別首脳会議の晩餐会で踊ったり、主力メンバー・島崎遥香を自衛
隊のオフィシャルマガジン「MAMOR」(扶桑社)の表紙に飾ったりと、秋元もアイドル
を政治利用しているではないか。それにくらべれば、メンバー自身も"おかしなこと
には声を発する"という自覚をもった制服向上委員会のほうが、よほど健全である
ように思える。
そんな彼女たちのささやかな行動にさえ、「反政府運動だ」と締め付けを行う自民党。
この異常事態を見ると、どうやら日本はもうすでに戦前の言論統制下に入っている
ようだ。
(大方 草)




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【東京】脱原発や人権、護憲などをテーマに活動するアイドルグループ「制服向上
委員会」のメンバー5人も、国会包囲行動に駆け付けた。「戦争反対」「辺野古移
設反対」との歌やメッセージで、集会参加者を盛り上げた。
同委員会は1992年に結成し、社会問題や環境問題を扱った歌を発表するなど、
社会派アイドルとして活動。東日本大震災後には反原発の歌で政府の姿勢を批
判し、注目を集めた。現在は、10代の中学生から大学生のメンバー10人で構成
している。
集会では制服姿で、新基地建設を強行する政府を替え歌で批判。かわいらしい歌
声で、厳しい歌詞を突き付けるメンバーに、参加者も声援で応えた。
リーダーの清水花梨さん(18)は「辺野古にも普天間にも基地は要らない。命を奪
う戦争のための施設は要らない。若者代表として、できることからやりたい」と力を
込めた。

http://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=116842
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あだ花的「若者のグループ」で、自分たちの主張を代弁させるのは、それなりの宣伝効果
も期待できようが、それが「制服」とは、これいかにで、以下のような「運命共同体」のチームワーク
の中でも、際だったキャラなら「制服」の強調も理解できるのだが・・・。





表に出てくる裏方のはずの声優で、それぞれのキャラを際立たせれば、大変ではありそう。
まして「制服」のそれとなれば、「軍服」が真っ先に浮かび、日本となれば「自衛隊制服」と
相成り、それの奮闘をアニメにしたためれば、現実の「自衛隊批判」のやからの人々の
ズレっぷりを空想科学物語で、やんわりと毒を吐けば、くすりと笑える。





この場面なんてのは、それこそ「毒を吐いて、溜飲を下げる人々もいる。
そして「ズレた感覚」の人には、理解されない、いや理解しない。
それが表題の以下のようなものになってくる。

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アカデミー賞は惜しくも逃したが、「かぐや姫の物語」や「ダム・キーパー」など
日本人の監督によるアニメ作品がノミネートされ、あらめてそのレベルの高さ
を印象付けた。
しかし、日本のアニメはクール・ジャパンの牽引役と期待されながら、
実は長らく輸出が伸び悩んでいる。
海外への売り上げのピークは2005年には313億円だったが、
13年には169億円まで減少してしまった。
コンテンツ・ビジネスに詳しい電通コンサルティングのシニアディレクター森祐治
さんはこう分析している。
「今までは日本のアニメは人気があり、海外の人たちがどんどん買いに来てい
たので、あまり売り方を考えなくても、人気があるものをそのまま持っていけば
お金になったのです。ところが、05年をピークに下がってきた。
実は日本のアニメだけでなく、DVDなど映像作品が非常に苦しい時代に入った
ということなんです。
日本はそういう環境の変化を知らなかった。
そのためマイナスの方向に一緒に落ち込んでしまったのです」
いま現場では、企画の段階から海外の多様な人々を意識した制作を進める新た
な取り組みが模索されている。
東京都内にある最大手の制作会社の看板作品「ドラゴンボール」は、
29年前から世界70か国以上でテレビ放送がされてきた。
そんな実績のある会社だが、最新の映画は初めから海外市場を意識し、
世界30か国以上の公開を計画している。
そのため各国の規制にも配慮し、たとえば日本では多く見られる流血の場面を
なくした。
そうした「国際標準化」を進めることで、各国のファンを獲得しようという戦略なのだ。
日本のアニメ制作会社のアドバイザーを務めるジョン・イーサムさんはこういう。
「(2000年代前半、アメリカで大ヒットした)『ポケモン』と同じことをみんな狙っていて、
日本からたくさんの作品を買い始めたのですが、
残念ながらキッズ(子供)向けでヒットしている日本のアニメは減っています。
やはり海外のターゲットをどうするかが課題だったと思うんですよね」
日本のアニメが低迷している間に、「標準化」を徹底して輸出を伸ばしたのが韓国だ。
ロボットがクルマに変身する「ロボカーボリー」は世界80か国以上で放送されている。
制作会社は企画段階から海外で展開することを想定し、
どこの国でも受け入れられやすい作品を作ることに力を傾けてきた。
その一つが試写会。
各国のバイヤーにパイロット版を見てもらい、
それぞれの国の実情に合わない部分を指摘してもらって訂正したり削除したりして
いる。
時にはストーリー自体を変えることもあるという。
オム・ジョンヨン監督は
「私たちの作品をできるだけ多くの国の子供に見てもらいたいので、
それぞれの国にある制約を守るのは当たり前です」と話す。

http://www.j-cast.com/tv/2015/02/24228655.html?p=all
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アニメのなんたるかなんて、どうでもよく「売れるもの」にしか興味がない。
これでは「創造物」を際立たせることなんて、地平線の向こうに行っても無理。





まして「売れているから、おラッチも金をかけて売り出せ」政策の「無能ぶり」では、
視聴者の「感受性」を馬鹿にした愚行・・・。
もっとも「何事もぱくりという短絡的言動」人間では、すべてにおいて理解できないのは「宿命」
ではあるだろう。

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韓国政府がアニメーションとキャラクター産業の育成に動く。

26日、文化体育観光部が発表した「キャラクター・アニメーション産業育成の
中長期計画」によると、2007年に創作売上が下請け売上を上回って以来、
2013年には創作売上比重が70%を占めて幼児市場を中心に海外進出も
活発になった。キャラクター産業も2009年以降、輸出が88.7%も増加した。
だが、中小企業中心の脆弱な創作基盤や幼児および放送用に偏重している
狭い市場構造、優れた専門性を持つスタッフの不足、キャラクターの違法複製
の蔓延などで世界水準の競争力を確保するには難しい状況だ。
これに対し文化体育観光部は今回の中長期計画を通じて2019年までアニメ
ーション分野に2000億ウォン(約216億円)、キャラクター分野に1300億
ウォン、専門投資ファンド500億ウォンなど合計3800億ウォンを支援・投資し
て2つの産業を積極的に育成していく計画だ。

中央日報 2015年02月27日11時14分
http://japanese.joins.com/article/120/197120.html?servcode=300§code=300
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「金積んで、ばくってやれば、売れる」の短絡は救いがたし。
これで代表的アニメができれば、たいしたものである。





そこ行くと、熱心な人は「なかなかに分析を試みる」ものである。
こういった意識が育てば、人々に受け入れられるだろう。

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2015年3月13日、日本アニメの影響力は周辺国・地域のみならず、世界中にまで
及び、世界各国に無数のファンが存在する。では、日本文化の魅力はいったいど
こにあるのか?この問いに対して、専門的な分析を行ったドイツ人研究者が最近、
関連する文章を発表し、「日本のアニメには他にはない独特な魅力がある」という
見方を示した。以下はその内容。

私は「日本と世界との違い」および「ドイツと日本との違い」を研究している。ドイツ
人はドイツ文化と民族の誇りを非常に重視している。一方、フランス人は他国の
文化を取り入れ、それを発展させながら自国のものとして吸収し、それに対して誇
りを抱いている。フランス人は、「他国の文化を吸収・発展させてきたフランス人は
文化面で非常に重要な位置を占めている」と自負している。
実際、この点において、フランスと日本は非常に似ている。日本も、中国から多く
の文化を学び、模倣し、それを独自に発展させて自分たちの文化としてきた。明治
以降になると、日本は欧米諸国の数多くの文化を取り入れつつ、それらを消化し、
発展させて日本流の文化にした。
そのため、今の日本には数多くの古代中国や古代インドの文化が残っている。
フランスも同じだ。日本のような古い歴史はないが、文化面で聡明さを発揮している。
そんなフランス人が現在積極的に学んでいるのが、日本のアニメ文化だ。では、
日本のアニメの何がそんなにすごいのだろうか?

■複雑なストーリー

最初に強調しなければならないのは、複雑さが観衆の心の機微を掴むという点だ。
日本のアニメは「ヒーローが必ず勝つ」という単純なストーリーでは決してない。
主人公に内在するさまざまな感情や心理が非常に上手く描かれている。
では、日本のアニメはいかにしてこのような内在的なストーリーを表現できるのか
だが、これもまた独特な手法が用いられている。日本のアニメは音楽や画面の
細部にまで、さまざまな意味が込められている。また、セリフだけでなく、風景に
もキャラクターの心理状態が反映されている。これは、日本人の四季を愛し、自
然を重視し、自然と共生するという特徴が反映されていると言える。ここからも、
日本の高度な文化性を感じ取ることができる。

■ファッション性

このほか、多くの人が評価するのは、日本のアニメのファッション性だ。登場人物
たちが同じような制服を身に着けていたとしても、ちょっとした特徴的な小道具を
加えることで、それぞれ異なる性格が表現される。これらのキャラクターの衣装
は基本的には現在の簡単な縫製技術で作ることができるため、コスプレでも使
用することができる。フランスの高級ファッションデザイナーが作ったファッション
スタイルとは異なり、日本のファッションは簡単に手に入る上、個性も突出して
いる。
日本のアニメは日本文化のスタイルを反映している。我々は、こういったメディ
アのスタイルに触れることで、多くのことを学ぶことができる。

日本アニメの実写化はなぜ必ず失敗するのか? 外国人が語る、日本独特の
世界観

私は、ルドルフ・グライナーです。日本と世界を研究するドイツ人です。私は、日本
と世界の違いやドイツと日本の違いを研究しています。今、ディズニーの映画が流
行っていますね。『アナと雪の女王』は、歌も大流行しました。また『ベイマックス』は、
大人から子どもまで楽しめる感動の名作でしたね。『マレフィセント』も素晴らしかった。
みなさん、わかりますか。ディズニー映画の素晴らしいところは、アニメが面白いか
らではないのです。歴史あるアニメ会社が素晴らしいアニメ作品を作っても、そんな
に驚くことはないでしょう。素晴らしくて当然なんです。だから素晴らしくない。
ディズニー映画の素晴らしさはほかにあります。「実写化」または「実写とアニメーシ
ョンのコラボレーション」作品が素晴らしいのです。今年封切りされる『シンデレラ』や、
おとぎ話の世界のその後を描いた『イントゥ・ザ・ウッズ』などもきっと良作でしょう。

■実物大ガンダムの不思議

それに比べて日本のアニメーションは、実写化するとどうしてもうまくいかなくなって
しまいます。アニメーションの質やアニメーションの世界観などは、ディズニーと比べ
ても日本のアニメーションは全く遜色がない。それどころか、ディズニーを含めた世界
すべてのアニメーションを凌駕しているといっても過言ではありません。しかし、実写
化となると、なぜかその映画は全く流行しないばかりか、映画ファンからもアニメファ
ンからもバッシングに近い批判がきます。それはなぜでしょうか? そのことについて、
少し考えてみたいと思います。
日本のアニメは、非常に質が高いです。そのため、アニメはアニメの中の世界観で完
全に完結してしまい、そのアニメからイマジネーションを膨らませて現実社会に投影し、
発展させることができないのです。
以前、日本に行ったときに「実物大のガンダム」が展示されていました。機動戦士ガン
ダムは、単なるロボットアニメではなく、その主人公の成長や心の葛藤、そして、戦わ
なければならない状況などにおいて、細かく描写され、また、仲間の死などさまざまな
人生の課題を考えさせられるアニメです。勿論、私もDVDで見ましたが、その世界観
やテーマ性は非常に素晴らしいものと思います。
しかし、「実物大」というのは不思議です。実は、「ガンダムの実物」というものは存在
しません。「実物大」といっても「比較する実物」が存在しないのです。…
しかし、「実物大のガンダム」を見た人は、まるで実物が存在するかのように、「実物
大ガンダム」を見ているのです。要するに、多くの人の中において「実物が存在しない
はずのガンダム」が、頭の中で実物であるかのように映像がしっかりとリンクし、その
映像を持った世界観が構築されているということになります。

■架空の物であるはずなのに、イメージが一致している

難しい書き方になったので、簡単に言い換えましょう。日本のアニメは、世界観やそ
の設定がしっかりしているために、そのアニメを見た人は、アニメの中の世界が現実
の世界であるかのように、そして現実にそれを見てきたかのような疑似体験をするこ
とができ、全く架空の存在であるものの実物を作り出すことができてしまうということ
になるのです。
さて、シンデレラや白雪姫など、ディズニーの扱っているアニメは、元々の「おとぎ話」
が存在して、その話をディズニーがアニメ化したものです。要するに、ディズニーのア
ニメではなく、おとぎ話から先に入った人からしてみれば、ディズニーのアニメのキャ
ラクターは、ひとつの選択肢でしかなく、ディズニーが描いた内容と全く違ったとしても、
そんなに大きな違和感を感じません。
また、キャラクターの性格の設定も、かなりいい加減な情報の中において成立してい
ます。よって、昨年の映画の『マレフィセント』や少し古い映画ですが『フック』など、デ
ィズニーアニメで悪役になった者たちであっても、そのもののキャラクターを現代的感
覚で描くということができ、それを実写化することによって、大きな反響を得ることがで
きます。
「キャラクターの設定」と「頭の中の偶像」が、フレキシブルであることで、実物の人間
がその役を行っても「ブレ」が小さいのです。というか、もともとの設定が荒いというこ
とです。
これに対して、日本のアニメーションはかなり大変です。キャラクター設定の中に、本
来の物語とは全く関係のない、主人公の趣味なども設定として細かく描かれているこ
とが少なくありません。まさに、現実の人間がそこにいるかのような設定で、その設定
から派生する「イメージ」はかなり固定されています。
しかし、その中のキャラクターはあくまでも「物語の中の登場人物」であり、「作家の空
想の産物」なのです。要するに「実物」は存在しない。繰り返しになりますが、要する
に「日本のアニメーション」は、その世界観やキャラクターの設定が非常に細かく作ら
れていて、そのトータルとしての世界観が「現実社会を超越している」ということが言え
るのではないでしょうか。…
逆に、その頭の中の世界観を多くの人が確立しており、なおかつ、その世界観が、
アニメを見た人ほとんどがほぼ同一のイメージを作り出すことができるということで、
そのイメージが固定化し、まさに三次元の現実世界にそのものが存在するかのよう
な「共有性」を持つことができるのです。これが、おとぎ話や非現実性の強いアメリカ
的なアニメと日本のアニメの決定的な違いです。
見方を変えて言えば、ディズニーは、「ファンタジア」で音楽という現実とアニメーション
の融合を、そしてそのほかの映画で現実の実写とアニメーションの融合を行うことがで
きました。実際に融合している「継ぎ目」が多くの視聴者にわかってしまうということに
なります。日本のアニメーションの場合は、アニメと現実社会を融合させる必要はあり
ません。実際に、観ている中に現実の社会、東京やニューヨークが存在し、その延長
線上にしっかりとしたキャラクターが存在し、そのうえで、そのキャラクターが実際の人
間のような細かいスペックで動き回るのですから、実際の社会の人々がそこに出演し
てしまっては、世界観が壊されてしまうということになるのです。
まさに、この「世界観が壊される」という感覚こそ、日本のアニメーションの実写化が
ほとんど失敗するということの最大の要因ではないかと思われます。勿論、中には、
演技が未熟であるなどの理由もありますが、そもそも日本のアニメーションの最大の
特徴は「すでにアニメーションの中の設定がしっかりとでき上がっている」ということで
あり、また、その設定が「作者と視聴者の間で同一の世界観を共有している」というこ
とになります。これは、まさに、外形だけをまねたりしても意味がない「中身まで同一
性を持たなければ演じることができない領域」になっているといえるのではないで
しょうか。

■魂の再現

私はホテルの仕事をしているのですが、イベントをする時、日本のアニメーションの世
界観を表現してほしいとフランスのホテルから依頼されたことがあります。実際に、い
くつかの提案をしましたが、結局それらは全く採用されませんでした。なぜならば、結
局、ホテルスタッフがそのアニメーションのキャラクターや世界観に入ることができな
かったからです。勿論、そこまでしなくても良かったのかもしれませんし、またそこま
で高いレベルの要求はされていません。しかし、日本のアニメーションで最も必要な
ものはその世界観であり、キャラクターやロボットの外形ではないのです。…
世界観や設定を忠実に行うということは、日本人が最も重要視する「魂」の部分まで、
しっかりと「再現する」必要があります。「真似る」のではなく「再現する」ことが必要な
のです。そのもっともよく表れたのが、「実物大のガンダム」ではないでしょうか。
細かい設定部分に共感する「ココロの感受性の強い読者」という、日本人の読者の
特性はもっと注目されるべきです。日本のアニメは、その「設定」「世界観」「魂」の部
分で、物語そのものと全く関係のないところまで、実際の人間がいるかのように決め
られており、その内容を読者が共有しているということになります。そして、その日本
のアニメが世界で受け入れられているということは、まさに、世界中が、日本の世界
観を支持しているということです。そして、その支持している設定が、実は万国共通
に認識されているということが言えるのではないでしょうか。「メイドインジャパン」の
強さは、このようなところかもしれません。(文=ルドルフ・グライナー)

(提供/人民網日本語版・翻訳/MZ・編集/武藤)
http://www.recordchina.co.jp/a104204.html
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

これがレコードチャイナの記事なのだから、少し驚く。
もっとも研究はドイツ人の思慮深さが、受け入れられる下地を理解しているのに敬服する。





これの主題歌も、合ってないのではだが、それが耳からの情報で「アニメ」が想像できるとは
これいかにだったが、それを横文字で歌えば、よりしっくりくるのは、はれってなものである。








これらの楽曲の様は、背景とともにオリジナルと見て取れる違和感のないものとなっている。

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