日本人に対する「差別意見」は無視だが、特定国人に対してはタブー扱い

変態報道機関として、つとに名が知られてしまった「報道機関」の悪辣すぎる
自国民への中傷は、そっと削除してあとは「甘い処分」で、ゆけゆけと今でも
「商業主義的メンタル」で、幅を利かせているのには、海外のメディアの取り潰
しへの対応と比較しても、日本は言論への自由は、とても緩い・・・。

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普通の国家では、いくらネットの上といえどありもしない嘘話で「自国民侮辱連発」
する言論機関にはペナルティーを課すのが常識だろうと思うが・・・。
そんなところは「自国民に対する蛮行」はそっちのけだが、特定国への批判には
神経を尖らせ、熱心に「批判を上げる人」を取上げて、批判の元となる「在日特権」
には、言論機関として立ち入らないという「情報の偏り」を堂々披瀝するのだから、
何をかいわんやである。

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過熱する「憎悪」:識者に聞く 排除は国民の仕事??フリーライター・赤木智弘さん

在日コリアンを汚い言葉で攻撃する「ヘイトスピーチ」の問題は、
16日に東京・新大久保で行われたデモで「在日特権を許さない市民の会」
(在特会)と反対派から逮捕者を出す事態に発展した。ヘイトスピーチはなぜ過激
化したのか。また私たちはどう考えればよいのか。識者に聞く。
経済成長が終わり、非正規雇用の増加などで閉塞(へいそく)感が強まる中、「在
日」を標的とする在特会の運動が、鬱積している不満のはけ口として一部で共感
を呼んでいる。
彼らがよりどころとする「民族」「国籍」は何の苦労もなく手に入り、揺るがない。
第一次世界大戦後、超インフレに苦しみ没落していくドイツ人中間層が、
すべてをユダヤ人の責任に帰すナチスを支持した状況とも重なってくる。
とはいえ、彼らの言葉はどんなに汚くても「言論」である。ヘイトスピーチを法律で
禁じようという議論もあるが、言論に法規制はなじまない。
ヘイトスピーチを「国籍や性別など固有の属性に基づく差別」などと法で厳密に定
義すれば、 反対派による暴言は「定義に外れる」として許容されかねない。
一方、定義をあいまいにしておけば、国家による表現の自由への際限ない介入を
許す。
今の日本人は職場と家庭に引きこもり、その外側で起きている現象への関心や想
像力を失っている。
地域や社会で人間関係を強め、属性の異なる人々と付き合っていく中で、差別を
許さない言論を地道に鍛えていくほかない。
ヘイトスピーチを排除するのは、国家権力ではなく国民の仕事なのである。(談)

◇あかぎ・ともひろ

1975年栃木県生まれ。論文「『丸山眞男』をひっぱたきたい 31歳、フリーター。
希望は、戦争。」が話題に。著書に「若者を見殺しにする国」。

http://mainichi.jp/select/news/20130619ddm041040184000c.html

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過熱する「憎悪」:ベビーカー押してヘイトスピーチ ネットの「まつり」路上へ??ジャ
ーナリスト・安田浩一さん

在特会を長く取材してきたが、最近の運動は「娯楽」の要素を強めている。
16日のデモでは「朝鮮征伐大行進」や、デモの主催者の名を冠した「桜田祭り」
という言葉があり、不快感を覚えた。
以前は、内容には共感できなくとも「奪われた権利を取り戻す」という彼らなりの
「危機感」があった。
参加者は、必ずしも「貧しく仕事がない若者」ばかりではない。サラリーマンや主
婦、公務員など多様だ。
ただし「自分たちは被害者」という意識は共通する。
社会の主流から排除され、言論は既存メディアに奪われ、社会福祉は外国人が
ただ乗り??という思い込みや憎悪でつながる。
彼らをつなげているのがインターネットだ。ネット上で個人を攻撃する「まつり」を、
そのまま路上へ持ち出している。
攻撃の対象は「在日」でなくとも、「マスゴミ」「生保(ナマポ)」(生活保護受給者)
でもいい。
彼らは「愛国者」を自称しているが、本当は「国から愛されたいと渇望する者たち」
ではないか。
経済成長が望めず、社会が不安定化する中で、自分たちが守られているという
実感を求めている。
だがそこには、自らが傷つけている他者の痛みへの想像力と、差別者だという自
覚が決定的に欠けている。(談)

 ■人物略歴
 ◇安田浩一(やすだ・こういち)

ジャーナリスト。1964年静岡県生まれ。週刊誌、月刊誌記者を経てフリーに。
在特会を追いかけたルポ「ネットと愛国」(講談社)で講談社ノンフィクション賞を
受賞している。

http://mainichi.jp/select/news/20130618ddm041040116000c.html
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彼らは「愛国者」を自称しているが、本当は「国から愛されたいと渇望する者たち」
ではないか。
経済成長が望めず、社会が不安定化する中で、自分たちが守られているという
実感を求めている。
だがそこには、自らが傷つけている他者の痛みへの想像力と、差別者だという自
覚が決定的に欠けている。(談)


これだけ「ズレ過ぎた感覚」では、とても公平・公正な論を出せるものではない。
何しろ「在日特権」というものに対する検証をこまごまとしてみて、それらが架空
や虚偽であるを「数値や行政への取材」を通して、紙面に躍らせなければ、単に
事象だけをもって批判しているのでは、根本的相互理解は得られない。

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それでなくとも「相当な嫌がらせの歴史」には年季が入っていて、それをそのまま
ぶつけるのは、反発という「人間の本来的欲求」になる。
すべてにおいて「押さえ込む」というのは、弾圧と呼ばれる蛮行である。

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一枚の画像が立ち位置を明確にして、これをみれば日本人としては理不尽な差別
意識に対する鬱憤は溜まる。それこそそんな「弾圧される民族」なってくれば、それ
へのカウンターとして「どぎつく毒づく人も現れる」のは、必然な空気となるだろう。
日本の情報機関としての役割としては、この「在日特権」というものの存在の有無を
検証してこそ、「友好とぬかす国」との潤滑油としての役割が果せるもので、偏った
報道姿勢は「提灯持ち」と、非難されても受け入れなければならないし、その存在自
体も「公共でいうところの有害」となろう・・・。

まぁ、そんな意識が少しでも残っていたら「さっさと退社」で、残っている人が・・・。
と、理解すれば「馬に念仏」状態は恒久で、行く末は倒産かな?・・・。




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