スピルバーグが重ねた少年期「太陽の帝国」

ステーブン・スビルバークといえば、構成の確りしたスピード感溢れる
画面変換及び盛り上がる期待感等、映画の魅力を知りえた監督として
またヒット作連発の監督として有名であるが、興行的には失敗作と呼ば
れてしまう作品に「太陽の帝国」がある。
過酷な少年期の憧れを主人公に託した監督の想いは、ただ見ている観
客には通じなかったようで・・・。


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この「太陽の帝国」の原作者は上海生まれのイギリス人である。
実体験を元にした本は、戦争における弱い立場の少年から見ると
また違った視点になる。
何よりこの主人公の少年は、日本の「ゼロ戦」に憧れを抱き、それ
に乗って大空を駆け巡る夢想を楽しんでいた。
ここでいう少年はイギリス人であり、敵国日本の戦闘機への憧れ
という、大人達が眉を潜めそうな物への憧れを抱いている。
損得勘定のない憧れ、スピルバークがこの原作を映画に選んだの
は自分が尊敬する黒沢明の日本もあるだろうが、やはりこの少年
の価値観に惹かれたのではないだろうか。
当時、飛行機として美しいフォルムとぴか一の性能を誇った「ゼロ戦」
それに乗っている自分、それが最強の殺戮兵器であっても・・・。
少年の状況はどんどん悪くなっていくが、逞しいまでの生活能力を身
につけ、自分の足場をどこでも築いてしまう。
そして「戦場に架ける橋」でも、「バルジ大作戦」でも、イギリス人から
見たアメリカ人は、やはりいい加減で狡賢い人間として描く。
もっともスピルバーグが生粋のアメリカ人だったら、多少描き方を変え
ただろうが根底にあるユダヤは、原作そのままに描き、日本兵も冷徹
なドイツ兵とは打って変わって、厳格な規律正しい兵隊として描いてい
る。これは先の「戦場に架ける橋」でも同じである。
この映画に派手な戦闘シーンはなく、映像は美しいが淡々とした少年
の変化する日常と盛り上がりに欠けるきらいがあって、そこに不評を買
ってしまったものか・・。
ただ戦争の不条理は後の「プライベート・ライアン」に引き継がれ、より
映像表現が良くなっている。
そしてイギリス人といえば、「アラン・パーカー」って監督がいる。
やはり日本人を描いた作品を作っているが、こちらは戦争被害者として
「愛と哀しみの旅路」って日系人のアメリカにおける扱いを描いているが、
戦争に荷担するしないに関わらず、捕虜収容所に入れられてしまう日系
人の過酷なお話・・・。
こちらはアメリカ人とのラブロマンスだから、より涙を誘う作品である。
もっとも前作「ミシシッピィー・バーニング」って黒人差別を扱った作品を監
督する人にとっての人権は、ここでも共通なのだが、この監督がイギリス
人であるってところに共通する何か・・・。
ところでこの作者は「太陽の帝国」エンペラー・オブ・ザ・サンという題名
をどうして考えたものだろうか・・・。
そこがとても気になる。捕虜収容所の生活は過酷で両親と再会しても
分からないほどなのだし、終戦のきっかけ長崎の閃光も目撃する。
しかしそれは花火を見る感覚だろう。この少年が感情を露わにするシーン
仲良くなった日本の少年の目の前での射殺に、相当憤った気持ちを持っ
たまま大人になって・・・。
「太陽の帝国」と日本を表現したのか、それとも住み慣れた上海の日本
人との交流からか見果てぬ国への「ゼロ戦」を作った国への憧れって、
ものだったら、ちっぴり嬉しい・・・。

http://www.youtube.com/watch?v=k2CnGrRUN0Q&mode=related&search=
昭和十三年当時の上海日本租界。
この物語の三年前の映像である。活気もありそして生き生きした人々、
少年の目からすれば見たことのない母国より、幼少期を過ごした上海
は輝いて見えたのかも・・・。人種は入り乱れ・・。
終戦後母国に帰り、思い返した時、悲惨な状況の中での交流は・・・。
スピルバークも幼少期、飛行機にあこがれていたらしいから・・・。
思い出は何より美しいものは、より華麗に美しくなるものだ。



この記事へのコメント

最近、BSで太陽の帝国を見たので
2016年08月10日 02:00
Empire of the Sunという言葉は『八十日間世界一周』(Around the World in 80 Days)に出てくる言葉で、それは日本のことを指しています。作者ジュール・ヴェルヌ(SFの父)はフランス人なので、フランス語でその言い回しをどのように表現したのかは分かりませんが、太陽の帝国の原作者であるJ・G・バラードが読んだであろう英訳版の『八十日間世界一周』には以下の文章が出てきます。

That gentleman was a sort of Barnum, the director of a troupe of mountebanks, jugglers, clowns, acrobats, equilibrists, and gymnasts, who, according to the placard, was giving his last performances before leaving the Empire of the Sun for the States of the Union.

SF作家であるJ・G・バラードがSFの父であるジュール・ヴェルヌの作品から、日本を表す詩的な言い回しとしてEmpire of the Sunという言葉を、敬意を込めて拝借したのでしょう(多分)。

漫画家の山岸凉子が「厩戸王子(聖徳太子)の半生を描いた漫画」のタイトルに「日出処の天子」とつけたのと似たような感じなんじゃないでしょうか。

Empire of the Sunという言葉は英文学圏ではよく知られた古典的言い回しなのかな?と思いましたがそういうことには全く詳しくないので確証はありません。

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