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zoom RSS 「アメリカひじき」にみえる憧憬と苛立ちと後ろめたさ

<<   作成日時 : 2015/12/11 22:23   >>

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マルチな才能を発揮して、作家として歌手として、そしてテレビ・タレントとして一世風靡
した人が亡くなった・・・。
実体験の過去を小説にしたためれば、そこにある日本の敗戦での変化がありありありと・・・。

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アニメとなって、その悲惨さが「反戦を訴える」上で、過ちを繰り返さない拒否の姿勢と、
世相にみえてくる変化に敏感に反応する不戦の思いだが・・・。




戦いにおいていつでも被害に遭うのは「幼き子供達」として、インパクトある映像として誰でも
感動やら感銘を受ける作品として、特に海外での視聴者への影響も多分にある教本的役割
を担う作品ではあるが、日本のメディアに掛かれば「亡くなっても利用」してしまうみたいな、
論調には反吐が出る。

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<野坂昭如さん死去>「戦後圧殺」に警鐘
毎日新聞12月10日(木)13時55分

黒メガネの「焼け跡闇市派」−−野坂昭如さんは戦後70年の日本の姿をその目に
焼き付け、この世に別れを告げた。直木賞受賞作「火垂るの墓」では、少年時代に過ごした神
戸市や兵庫県西宮市を舞台に、自身の戦争体験を色濃く反映したストーリーを展開。兵庫の
人々らとの交流と平和への思いは、晩年まで途切れることはなかった。
「火垂るの墓」の主人公は、太平洋戦争末期、1945年の神戸大空襲で母と家を失った兄と妹。
親戚宅に身を寄せることになった2人は、戦局が悪化するにつれて邪魔者扱いされるようになり、
家を出て防空壕(ごう)で暮らし始める。畑から野菜を盗むなど、必死に生きようとするが、妹は
終戦直後に栄養失調で亡くなり、兄もやがて命を落とす。
88年には、高畑勲さんの監督・脚本でアニメ映画として公開され、現在も多くの人に強い印象を
残している。高畑さんは訃報を知り、「どう言っていいのか……。言葉にするのが難しいです」と
言葉少なだった。
野坂さんは、神戸大空襲で焼け残り、「火垂るの墓」に登場する御影公会堂(神戸市東灘区)の
地下で食堂を営んでいた鈴木利裕さんとも親交があった。娘の鈴木真紀子店長(52)によると、
利裕さんも少年時代に空襲に見舞われ、妹たちの手を引いて神戸の街を逃げた経験があった。
そのことを知った野坂さんと意気投合した。
95年の阪神大震災直後、交通機関やライフラインも復旧していない時期には、「インフルエンザ
がはやっているから」と、野坂さんが風邪薬を持って見舞いに訪れたという。鈴木店長は「『生き
ていてよかった』と声をかけてくれたのを覚えています。もう一度お会いしたかった」と話した。
「神戸空襲を記録する会」の中田政子代表(70)=神戸市=は99年、講演を依頼するために野
坂さんと電話で話した。講演は実現しなかったが、「野坂さんは『沖縄の戦争の問題に取り組ん
でいる』と話してくれた。ずっと平和のために熱心に活動を続けていることが分かった」と振り返る。
「火垂るの墓」については「主人公の子供たちを助けられないほど、人々の心をすさませてしまう
戦争の怖さが描かれている。神戸空襲を体験した野坂さんならではの作品だと思う」と話した。
野坂さんは少年時代の一時期を大阪府守口市で過ごした。旧制中学時代の同級生という守口市
の野坂久仁男さん(85)は「当時は食べ物がなく、弁当のおにぎりを分け合って食べた。寡黙で自
分の本心を話さない風変わりな男だった」と話す。約30年前には講演で守口市に来た際に自宅
を訪ね、久仁男さんの母親に「食べ物のない一番苦しい時期にもらった白い握り飯が本当におい
しくて助かりました」と丁寧にお礼を言ったという。
作家の瀬戸内寂聴さん(93)は「最近、雑誌上での私との往復書簡では、政府の動きを受け『日
本が非常に怖いことになっている。心配してても病気で体力が無いと何もできない』などと書いて
いた。どんどん私より若い人が亡くなり本当にさみしい」と悼んだ。【久野洋、井上卓也、田辺佑介、
米山淳、川瀬慎一朗】

◇野坂昭如・黒田征太郎共著「教えてください。野坂さん」(スイッチパブリッシング、2015年)より◇

人間は長いものに巻かれやすい。
長いものに巻かれていた方が楽だからだ。
つまり、自分の頭で考えなくなると戦争は近寄ってくる。
自分の頭で考えるためには、想像力を身につけなければならない。
戦争などあり得ないと思い込んでいるうちに、気がつけば戦争に巻き込まれている。
戦争とはそんなものだ。
戦争ははじまりそうかと問われれば、いつはじまってもおかしくないと答える。
いや、戦争はすでにはじまっていると言ってもいい。

(黒田さんの「せんそうははじまりそうでしょうか?」という質問に対する野坂さんの回答)

http://news.biglobe.ne.jp/domestic/1210/mai_151210_6439132320.html
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「火垂るの墓」のイメージを引っ張り、なんとか政権批判へと結びつけるいやらしさは、
流石「変態」の異名をとるメディアならではある。
過去についての記述をしたためた小説でも、過ぎ去りし遠い過去と、今現在の心情とを
重ね合わせた作品では、以下の方が「生きて来た道と苛立ちと憧憬と後ろめたさ」を
表していて、共感を覚える。

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戦後の悲惨さと、瞬く間に豊かになったそれなりの年をとった男の哀愁は、「知らなかったこと」
の苛立ちと憧憬、後ろめたさをない交ぜにして「ひじき」という食料と紅茶の似通いに、なんとも
うなずけてしまって、この作者の体験を素直に表現していると見えてきたものだ。
物語に登場してくる三国人、顎の張った売春婦とか、ギブミーうんたらと先端を行くテレビの仕事
それが歌曲となれば、以下のようなものとして「越えられない壁」を見せて・・・。



「十九の、十七」という歌詞は、この曲の影響で以下のような人もと思えると、インパクトは凄かった。



流石にテレビの主題歌になると、これの動画があったはずなのだが、探したがこれしかなかった。
「お前十七、俺十九の春だった」



日本国内だけでなく、アメリカに希望をもって渡った人々も塗炭の苦しみを味わった。
そして今は「許さない」という語句で批判するのだが、この抽象的文句のアンサーが
用意されているとは思えず、特権を享受する上級市民の戯言に思えてくる。

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その昔の学生運動も、今では批判されるのだが、当時の真剣さが現在の人にあるかと
なれば・・・。

昔の学生運動とは正反対のSEALsの運動は、自公政治の終焉をもたらす。

こんなあおり文句のブログの題名があって、これを見ただけで「ひでぇなぁ・・・」と・・・。
何しろ、「ヘイト・スピーチ」うんたらを許さないやらだが、自分達は良しとする「利己性」は
信じられない「野蛮な害虫」を想起させる。

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何より運動する資金、意見広告する資金を学生が集められるかとなれば、裏に資金源
が存在し、そこの指示での運動の体裁が滲んでは、胡散臭くて・・・。まして、いまだ「夜明けは近い」
と希望を持ったかつての若者の運動をコケにしては、支えているのもバカらしくなるのでは・・・。




時代が流れても、その時代時代で思考する人々がいて、今があるのに、何でも戦前はダメ
戦後の学生運動はダメって、単なる煽りで時代が変化するものか・・・。
それよりはそんな運動の胡散臭さで、肩身の狭い思いをする人々の特権が脅かされては、
それこそ「贔屓の引き倒し」になるのではと、要らぬ心配をするような、作者の訃報・・・。

                              ご冥福を、お祈りいたします。


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