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zoom RSS 政権与党の「配慮」の無駄さ加減に、国民は飽き飽き・・・。

<<   作成日時 : 2013/02/19 22:49   >>

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日本語の「配慮」には、他人を思い「汲んでやる」という謙譲の精神が
溢れたものの意味が含まれているが、その「思い」も通じない人にとっては
単に「譲歩」したという「勝ち負け」の判定として認識されてしまう・・・。

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言葉が後退すれば、言い逃れのように「他に汲んで貰う」為の方便として
使った言葉は、逆な意味として「捉えられる」危惧などは、これまでの軋轢
の数々で分かりきっていたものなのに、またまたこんなことをしているから
こそ、経済一流、政治三流が定着してしまう・・・。

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自民党の石破茂幹事長は19日午前の記者会見で、22日に島根県が主催
する「竹島の日」式典に島尻安伊子内閣府政務官が派遣される方向である
ことに関し、「韓国に、わが国として最大限の配慮をしていると認識していた
だけると思っている」と述べ、韓国側の理解を求めた。
自民党は衆院選公約で政府主催による式典開催を掲げたが、日本政府は
朴槿恵次期韓国大統領の就任式が25日に行われることから、今年の開催
を見送ることを決めた。石破氏は「主権の問題だから国内に姿勢を示すこと
は必要だ」としながらも、「韓国への配慮も必要で、現時点における一致点
はこのようなものだ」と語った。

時事通信
http://www.jiji.com/jc/c?g=pol_30&k=2013021900327
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「配慮」を汲んで貰えるはずもなく、選挙後の「ヘタレ」具合が香ばしいのは、
予想されたことではあるが、あまりの譲歩には再び「国民から見放される政治」
となって来るのは必定だろう。
もともと期待して投票した国民も少なく、どうにも「クズ過ぎる民主党」よりはまし
がその原動力なのを自覚しなくては・・・。

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そして「閑古鳥が鳴く」ありさまの地に、何とか話題を戻したいとの淡い希望を
お持ちの人々は、あからさまな「ステマ」みたいなことをやって、「またかよ」の
呆れる「ゴーストタウン」再流行を目論むが、使い古された対立構図が笑われ
てしまうのだから、ご愁傷様ではある。

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「韓国人を叩き出せ」「竹島を返せ」…エセ右翼たちの怒号が買い物客などで
賑わう大久保通りに響いた。
韓国料理店や韓流スターのポスターを貼った土産物店などがびっしりと並ぶ
大久保通り。
きょう午後、日の丸や旭日旗を林立させた一群が前後左右を機動隊に挟ま
れながらデモ行進した。100人余りはいただろうか。
「日本から出て行け」「パチンコ屋はやめろ」などは序の口だった。「韓国人を
射殺しろ」「ソウルを火の海にしろ」…
エセ右翼たちは民族差別を極めた汚い言葉をコリアタウンで吐き連ねた。
「竹島の日」とされる22日が間もなくに迫っているため、今日は特別気合が入
っていたのかもしれない。
ドイツ、イギリス、カナダなどでは、公共の場でヘイトスピーチをすることは法
律で禁じられている。懲役刑もある。
ところがエセ右翼によるデモは、大久保・コリアタウンで日曜恒例となりつつ
ある。国際社会から「日本は恥ずかしい国」と言われても返す言葉がない。
救いもある。「民族差別を許してはならない」とする有志たちが立ち上がった
ことだ。
彼らはツイッターで呼びかけ合い、エセ右翼のカウンターとして大久保通り
に集まった。
『仲良くしようぜ』『みんな仲間』『悲しい差別はもう止めよう』などと書いたプラ
カードを持ち寄って、歩道の両側からかざした。
エセ右翼が大久保通りに差し掛かかる頃、カウンターの有志たちは50人近く
にまで増えた。

http://tanakaryusaku.jp/2013/02/0006676
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ここで「エセ右翼」とかの酷評が、なんとも笑いになって来る。
「エセ右翼」の正体は、ネットで暴かれてしまった「在日朝鮮人の集団」なのだ
から、それに対して「差別云々」を叫ぶ在日朝鮮人という構図は、さて日本人
が存在しない「デモ」ってのは、いかがしたものか・・・。
そしてこのサイトの名前を以前と思ったら、「オーマイ・ニュース」だと・・・。

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「嫌韓」とかの感情論だけで、日本人が批判しているわけでなく、捏造歴史
とかの「正義」に値しない「言動すべて」において否定されてしまう存在として
「無関心が興味を持った」だけで、知れ渡った「へんな論理」に対しての嫌悪
がベースになっている。
その昔の良く覗いたサイトに、的確な批評が残っていたので、それを引用。

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(引用開始)

そもそも根本的に鳥越氏や毎日新聞の分析が間違っているのは、一般に
言われている”嫌韓”という動きは、単純に”韓国が嫌い”という感情だけか
ら生まれたものではないということです。これまで徹底した事なかれ主義に
陥り、誤った歴史すら正すことなくただただ頭を下げ続ける弱腰外交を貫い
てきた日本という国において、それが正しいと我々は自虐史観の下で教え
続けられてきました。そしてマスコミも間違いを指摘することはありませんで
した。しかしインターネットなどの普及で、我々が知り得なかった情報が容易
に得られるようになり、間違っているのは何なのか。どの国なのか。
ということもその様々な情報から我々自身で判断がつくようになったのです。
その流れの中から生まれた一部の動きであり、韓国が主張する偏向した歴史
観を正そう、そしてそれをネタに恫喝を続ける韓国に対して正しい外交姿勢を
貫こうという動きを一部だけ切り取って見て、ただ単に”若者が韓国を嫌ってお
かしな運動を続けているのだ”と判断してしまっているのが一般に言われる
”嫌韓”とわれるものです。つまり、”嫌韓だ”と主張する人は、今日本に芽吹い
ている大局の流れが見えていないのです。そしてそれは今日の日本政府、日
本外交の姿を見れば、単なる息吹ではなく、確実に成長し、市民権を得つつあ
る動きであることは明らかです。
それがわからず、もしくは理解しようとせず、ただ単に”嫌韓”などという言葉で
片づけようとするメディアが成功するはずもありません。(引用終)

引用元
「アジアの真実」
http://ameblo.jp/lancer1/entry-10015328163.html
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このサイトも現在更新されていないのだが、そりゃ「売文屋」にでもならない限り
生活のためには「時間を割けない」のは「憂国の士」に多いのでは・・・。
それで「右翼の正体」サイトにあった動画を張り付けば、大概の人には、理解
して貰えるのでは・・・。



こういったものを作るのに時間はかかるだろう。
それが経済的な自立無しには、ままならないのは誰でも理解出来る。
以下のような「主張」にも、援助の手がなければ、萎んで行くだけだが・・・。

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「アサヒる」やら「変態」やら、「ウジ」に「マスゴミ」と揶揄される日本のマスコミ
といえば、「自分のハエ」を追えずに、単には厳しいという「神にでもなった存在」
と錯覚するのだから・・・。

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社説:視点…還暦のテレビ=論説委員 重里徹也

◇顔が見える作り手を
日本でテレビ放送が始まって今年2月で60年になった。

このところ、「テレビ離れ」の声をよく聞くが、NHK放送文化研究所の調査では
昨年11月の週平均1日当たりのテレビ視聴時間は3時間47分(録画含まず)。
横ばいから漸減傾向とはいえ、日本人は相変わらず長時間、テレビを見ている。
一方で、録画視聴が増えているのが近年の特徴だ。同研究所の調べでは、
日常的にテレビ番組を録画再生して見ている人は40%にのぼる。
若い世代で、この傾向は強かった。
通信技術や受像機の発達など、取り巻く環境が大きく変化しているが、
創造的な番組を制作するためには何が必要か。三つの論点を挙げたい。
まず、人気のあるマンガやミステリーを原作にしたものが多く、
テレビドラマからオリジナリティーが失われているのではないかといわれることだ。
もちろん、優れた物語があるのなら、テレビが使うことは一向にかまわない。
ただ、山田太一、倉本聰、向田邦子、市川森一の各氏らの仕事を思い返せば、
テレビから独自の物語を生みだすこともぜひとも必要だろう。
丹羽美之・東大准教授(メディア論)は「リーガル・ハイ」の古沢良太さんや
「カーネーション」の渡辺あやさんを挙げ、「才能のある脚本家は出てきている。
放送局がおおいに育ててほしい」と要望する。
ドラマの作り手の顔が見えにくくなっているのではないか。
個性的な作り手が求められるのはドラマに限らない。
バラエティーにもドキュメンタリーにも、もっとほしいところだ。
ネットとテレビの関係もしばしば論じられる。ツイッターなどの投稿を生かせば、
視聴者の参加も容易で双方向の放送ができる。
ただ、投稿にばかり目がいって、出演者の会話がはずまないならば、本末転
倒だ。ネットに使われるのではなく、多くの投稿を活用して、ネットを使いこなす
ことが必要だ。
テレビ番組への本格的な批評が求められているという意見もよく聞く。
他の表現(文学や美術、演劇、音楽)と比べても、全く物足りない。
批評のないジャンルは衰退するだろう。録画が盛んになった現在、
に放送された番組への批評はますますニーズがあると考えられる。
中身への批評がほしいと指摘するのは放送作家の石井彰さんだ。
番組の面白さや深さ、美点や貧しさがもっと論じられるべきだろう。
活字メディアもテレビ番組の批評を増やしたい。優れた番組を評することは、
時代を語ることに通じるはずだ。(終)

毎日新聞 2013年02月19日 02時30分
http://mainichi.jp/opinion/news/20130219k0000m070102000c.html
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優れた番組を評することは、 時代を語ることに通じるはずだ。
この結語が物語る「自分が見えていない」末期症状だからこそ、「新聞の時代」
は終了となるのだろう。
検証の前に国民に伝える情報の精度を上げことに「血眼になる」が前提に
ならないでは、先端を行く情報ツールではない。
あれもこれもでは「筆も鈍る」だろうに・・・。



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