BALL AND CHAIN

アクセスカウンタ

zoom RSS 「言い訳」繕うその前に、自己批判を口にしろ

<<   作成日時 : 2012/03/08 23:55   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

その身は「空にして、実態はあらず」な姿勢を見せ付けてくれるマスコミの
論調は「思考停止」して、反論は許さず「従え」の強制を強要するという
おのが持論の「言論の自由」を日本国民には制限させて、その上「焚き付け」
上手の以前の体を必死になって庇う・・・、いや自身の「あやふやさ」を補強
するに、「思考停止強制・制限強制」という論調を生み出すのだから・・・。

画像


この画像は戦中の「朝日の戦争協力」のバッチと表彰のそれだが、敗戦と同時
に、なんたらな人々が社内を跋扈して、何事も強弁でことを済ます体質へと変化
していき・・・。



「思い出ボロボロ」

この歌は男の不実をそれなりに自分の腹の中で収める女の度量の深さと
哀しみを力強く歌ったものだが、この「言い訳」を繕うという歌詞と、下の記事
のそれがなにげに「シンクロ」した。
この御注進メディアのアイデアがその発端なのは、歴史の陰に隠れて「捏造」
だろうが、経過年数で強弁してしまう姿勢には、マスコミとしての実証する意識
のなさが、日本の劣化を後押ししているようである。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
河村市長発言―日中の大局を忘れるな

国交が正常化し40周年を今秋に迎えるにもかかわらず、日中関係がぎく
しゃくしている。
原因は、歴史認識と尖閣という国交正常化以後も日中間のトゲとなってき
た問題だ。
名古屋市の河村たかし市長は先月、表敬に訪れた中国南京市の共産党
委員会幹部らに「一般的な戦闘行為はあったが、南京事件というのはなか
ったのではないか」と発言した。
南京大虐殺については、日中首脳の合意で作った日中歴史共同研究委員
会で討議した。
犠牲者数などで日中間で認識の違いはあるが、日本側が虐殺行為をしたこ
とでは、委員会の議論でも一致している。
そういう重い経緯のある問題で、姉妹友好都市である南京市の訪問団に対し、
河村氏が一方的に自らの考えを示したのは、あまりに配慮が足りない。
河村発言に対して、南京市民らが強く反発した。上海の日本総領事館は、交
流文化行事「南京ジャパンウイーク」の延期を決めざるをえなくなった。
日中柔道交流は中止になった。
だが河村氏は、発言を撤回する気はないようだ。
国益がぶつかる政府間とは別に、都市や民間の交流は信頼関係醸成に有効だ。
それなのに河村氏の発言は、政治家としても市長としても不適切である。
中国側も、市民や青少年交流が「相互信頼を絶えず深化させる」(楊潔チー
〈ヤン・チエチー、チーは竹かんむりに褫のつくり〉外相)と評価するのなら、
交流を狭くするような動きは避けてほしい。
河村発言問題が収まらないなか、日本政府は2日、沖縄県の尖閣諸島の
四つの無人島に新たな名前を付けた。すると、中国政府は翌日、独自の
名称を発表して自国領と主張した。
日本だけでなく、中国でも世論が政治に影響を及ぼす。列強の侵略の記憶
が根強く残る一方で、大国意識の強い国民は「弱腰外交」に敏感だ。
このため外交当局はしばしば世論の攻撃の的となる。命名でただちに反応
したのは、世論を沸騰させないためでもあろう。
尖閣沖漁船衝突事件などで日本の対中世論も厳しいが、日本政府は命名
で記者会見や報道発表をせず、ホームページでの掲載にとどめた。
藤村修官房長官は「事務的に淡々とやってきたことだ」と語った。
こうした冷静さを両国は保つべきだ。
歴史認識や尖閣といった問題で、日中双方がともに満足できる魔法の杖を
見つけるのは至難のことだ。
そうであるならば、日中の両国は友好と安定の大局を選ぶしかあるまい。

http://www.asahi.com/paper/editorial20120307.html
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
実証そっちのけで、大局という曖昧な語句で「火の粉が及ぶのを警戒」する
のが文章のそこここに滲んでいて、痛々しいものである。
ジャーナリストと呼びたいのなら、いざ再び検証の気運が起こって当たり前
だろう。
まぁ、下の画像のように「面の皮が厚い」のだろう。

画像


なにも日本だけが蛮行を働いたか、中国の変遷の中にはそれがなかったか
当の中国人でも、冷静に判断する人はいるものである。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
2012年3月2日、中国のジャーナリスト、王錦思(ワン・ジンスー)氏は「中国人
が南京大虐殺をどのように歪曲しているのか、とくと見てみよう」と題した記事
を中国のブログサイトに掲載した。以下はその内容。

河村たかし名古屋市長が堂々と「南京事件はなかったのではないか」と発言し、
中国各界から怒りと抗議が噴出している。だが、実は中国人自らが南京大虐
殺を歪曲していることは、ずっと見過ごされてきた。まずはこうしたやり方を直
さなければ、われわれが日本人を責め立てることはできない。
新中国成立後、最初に南京に建てられたのは、蒋介石に処刑された20万人
の共産党員を祀る「雨花台烈士記念館」だ。南京大虐殺記念館が建てられる
のは、その30年後になる。
いわゆる「文化大革命」の時代には国民党に虐殺された革命烈士への追悼が
ブームだった。
当時、中国人は広島の原爆犠牲者に祈りを捧げに行ったが、誰も南京大虐殺
の犠牲者を弔おうとはしなかった。紅衛兵は「南京大虐殺は『国民党を殺した』
もの」だと言い、遺跡を破壊し尽くした。学術界でも、南京大虐殺の研究はタブ
ーだった。そんな中、立ち上がったのが南京大学歴史学部の高興祖(ガオ・シ
ンズー)教授だ。
1972年、鈴木明氏が「『南京大虐殺』のまぼろし」などの文章を発表。1982年6
月、文部省が教科書の記述を改めさせる。これに刺激を受け、中国の学者た
ちがようやく南京大虐殺研究を正式に申し出た。1983年、南京大虐殺記念館
の建設案が浮上、1985年に完成。
だが、初期の研究は民族感情が入り込み過ぎていて、とても研究と呼べるも
のではなく、「民衆に偏った歴史観を植え付けることになる」と警鐘を鳴らす学
者もいた。2007年、台湾の教科書から「南京大虐殺」の文字が消える。
中国人は、侵略行為を否定する日本に対し、常に感情論で反撃してきた。
例えば、日本人が犠牲者の数を30万ではなく20万ではないかと問えば、「30
万より少なければ、虐殺がなかったというのか?」「1人でも殺していれば殺人
だ」などと巧妙に回答をはぐらかす。
だが、戦後間もないころ、日本の戦犯の公判でレイプされた女性が出廷した時
には傍聴席から笑い声さえ聞こえてきた。南京大虐殺をテーマにした映画を放
映した時には観客から「看護士がレイプされるシーンが短すぎる、肌の露出も
少ない」と苦情が上がったほどだ。
1985年〜1997年、南京大虐殺記念館の参観者は延べ580万人、日本人は延
べ18万人に上った。
なので、日本人が南京大虐殺を全く知らないという言い方は誤りである。
2002年、筆者が記念館に向かう途中に乗ったタクシーで、地元の運転手は
「あの時30万人殺してもらってよかった。そうでなければ、今の南京はもっと
人が多かった」と言っていた。
日本の旧軍人や中高生が記念館でひざまずいて大泣きする姿をしばしば
見かけるが、中国人がそうしているのをあまり見たことがない。
泣けないのであれば、せめて笑うべきではないと思うのだが、中国人の参
観者が笑っているのを見たのは1度だけではない。
広島には「被爆者白書」があり、犠牲者の数も25万3008人と正確な数字が
出ているが、南京大虐殺で名前が分かっている犠牲者は3000人ほどしか
いない。広島は1946年から毎年8月6日に追悼式典を行っているが、南京
で追悼式典が始まったのは1985年。広島には毎年首相が出席しているが、
南京では市長さえも毎年来るか来ないかといった感じだ。
2001年12月13日、筆者は南京の追悼式典に出席したが、他の参列者はま
るで縁日にでも来ているかのようにガヤガヤとうるさく、悲しみなど微塵も感
じなかった。そこにいる全員が涙を流す必要もないが、せめて静粛にできな
かったのか。筆者はその後、2度と記念館には行っていない。行くなら雨花
台と決めている。
無数の血や涙が流れた南京にも平和が戻ってきた。そして、彼らは日本語
を学び、日本資本を受け入れ、世界に向かって突き進んでいる。
(翻訳・編集/NN)

●王錦思(ワン・ジンスー)
吉林省出身、北京在住のジャーナリスト。北京大学でメディア学を専攻。
日中歴史問題や抗日戦争史を研究課題としている。著書に「日本行、中国
更行」。11年3月に日本で「中国『反日』活動家の証言」を出版。

http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=59266
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
この歴史経過の点を鑑みれば、中国国内紛争というものの「蛮行」をどこか
に押し付けた結果とも読み取れる。

画像


以前の「社内先人」は、変な思考法の人間を除いて、以下のように文字に
残っている。(社内の変な人、帰化した人らしいが、そこの大統領の発言も
画像で貼り付ける)この意識の差は「恨」という劣悪な性格の差か・・・。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
朝日新聞社の記者も証言

「虐殺?全然見たことも聞いたこともありません。夜は皆集まりま すが、そんな
話は一度も聞いたことはない。
誰もそういうことを言ったこともないし、朝日新聞では話題になったこともありま
せん。難民区は兵隊や憲兵がいて入れませんでした。ですから市民は安全で
した。一般市民の屍体というのは一つも見て いません。
紅卍字会の人が戦死体をかたづけたりしていました。」
(山本治氏 大阪朝日新聞記者)

「南京事件ねえ、全然聞いてない。もしあったとすれば、記者の中 で話が出る
はずだ。記者というのは、少しでも話題になりそうなことは、互いに話をするし、
それが仕事ですからねえ。噂としても、 聞いたことがない。
朝日では、現地記者を集め、座談会もやったが、あったなら話がで るはずだ。
報道規制?何も不自由は感じていない。
思ったこと、見たことはしゃべれたし、書いていた。」
(橋本登美三郎氏 朝日新聞南京派遣記者団キャップ) 
                                  
「私が編集局長の時、南京に特派した記者たちを集めて、一人一人 聞いてみた
が、そのようなことは見たことも聞いたこともない、
という返事ばかりだ。何万、何十万なんていう虐殺など、絶対にない。」
(細川隆元氏 朝日新聞編集局長)

画像


この南京大虐殺は、70年代になってから、帰化人本多勝一が唐突に主張しだした
話で、それをアサヒは何の事実関係の検証も行わず新聞紙上に連載し、それに
歩調を合わせるかのごとくに(こりゃ日本につけ込むいい材料だと言わんばかりに)
中国側が呼応しだした非常にいかがわしいもので、それ以前の50年代60年代には、
当の南京においても全く話題にすらなっていなかったのである。毛沢東も何一つ言
及していない。当たり前の話だ。作り話だからである。それは、当時の記録映像を
見ると一目瞭然なのである。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

言い訳はいいから・・・、たまにはお得意の「自己批判」をしてみたらどうだろう。
それが「これまで泣かされてきた日本国民の一つの慰め」ではある。
もっともそんな真っ当な性格をお持ちの人は、売文屋風情にはならないか。
にしても、日本のマスコミの「将来」ってのは、どこに向いているのだろう。
今の民主党政権同様、単に反対意見だけで生きていくのそれなのか・・・。
だから読者はそれこそマインド・コントロールの「精神疾患」へと追い込まれる。





あっぱれ! 朝日新聞(笑) (WAC BUNKO)
ワック
勝谷誠彦

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by あっぱれ! 朝日新聞(笑) (WAC BUNKO) の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル


テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
「言い訳」繕うその前に、自己批判を口にしろ BALL AND CHAIN/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる